「まだ見たことのない景色に出会う為に、俺は西へ向かう」
誰に言うでもなくひとりポツリと口にして出掛けた午前5時。
休日の目覚める前の街を、一台の小さな車が走る。
使い慣れたフィルムカメラとデジタルカメラを一台ずつバッグに詰め込んで、
彼の行く先はそう、徳島県の西の果て。
とある季節のとある時間にだけ目にすることの出来る風景を写真に収めるために。
早朝の人気のない道をひとり、静かにアクセルを踏み込む。
コンビニで朝食代わりのおにぎりとパンを買い、
トロピカーナのオレンジジュースを飲み干す彼の口元は、
食べたばかりのホットドッグパンのケチャップの残りカスと共に、
微かな笑みを携えている。
どんなに日中の太陽が地面を照らしても、
早朝の街に流れる風はまだ冷たいのだった。
思っていたよりも体感の気温は上がらないまま。
しかし彼の目の奥の灯火が消えることは無かった。
午前7時より少し前。
目的の場所に着く。
西の果て、辺境、四国の真ん中。
空気は徳島市内のそれとは明らかに違っている。
カメラを構えて立っているすぐ側を車の走る音こそするけれど、
静かだ。
何だろう。
静かだ。
瞬きをすれば空の色は一瞬で変わってしまうだろう。
同じ四国の筈なのに、見様によっては異国の風景にも感じられた。
映画の中でも観たことのない、
映画以上の風景が現実の目の前に広がっていた。
夢の物語を多くの人と共有し紡いでいくのが演劇の役割なら、
物語の一瞬を切り取り永遠とするのが写真の役割。
シャッターを押している瞬間なんて1秒にも満たないけど、
長い間心に残り続けるであろう風景を、写真という1枚の形に収める。
見たかったひとつの風景を撮り終えて、
しばらく余韻に浸った後は、
また次の風景を見てみたくなる。写真に収めたくなる。
そうして目にしたものの記録を残しながら、
旅は続いていく。
物語を作り、舞台に立つのも
もしかしたら同じような気持ちなのかもしれない。
人生が続く限り、旅も終わる事なく続く。
東の空が少しずつ、
明るく変わり始めた。