夜明けの光

夜が明けて、東の空に光が差し始めます。
県の東側に海のある徳島では、外のまだ暗い内から小松海岸に行くと、
そう遠くない(と感じる)海岸線に太陽が昇り始めます。
こんにちは安藤です。

 

海の向こうの光。カーテンに差す朝の光。
窓の水滴。冬のつめたい空気。
風が少しあるとなぜか安心します。

 

私たちが地に足をつけて生活をしているこちら側の世界と、
山の向こう、森の奥、川の源流、
もしかしたら街の中にもある、
あちら側の世界。

 

こちら側とあちら側の境界が曖昧な土地に、
僕たちは暮らしています。
仕事や学校に行ったり、家で過ごす毎日の中で
あちら側を感じることは少ないかもしれないけど、
写真を撮りに出かけた先で、自然の中を歩いていると、
時々ですがあちら側の世界を感じることがあります。

 

 

まだこちら側に暮らしている者には
踏み入れることの出来ない境界。
「ここから先に入るのは止めておこう」
と肌に感じて、素直に引き返そうと思える地点。
あちら側の視線を感じる場所が、
徳島の中にも、四国の中にも所々にあります。

 

それらは全て名前の付いていない、
けれど周りの空気も光も風の湿度も、
様々なものが何か変わったな、と感じる地点。
誰もいないのに、どこからか視線を感じる
そんな場所です。

 

迷信でもオカルトでもなく、
居なくなってしまった人は皆、
姿形を無くしてしまっても、
どこかから見ているのだと思います。
たとえ気のせいだとしても、
僕はそう信じるようにしています。

 

 

こちら側にいる僕達が、
日常の中で見ている風景、出会った人、
カメラのファインダー越しに覗いて、
写真に残している光は、
きっとあちら側の誰かが見たかった光。
会いたかった人々なのです。

 

そういった風景や人や機会に、
僕達は気づかない間に、
出会わせて貰っています。

 

毎日目にしていた当たり前の光景が、
本当は当たり前のものでは無く、
全てが積み重なった上で繋がり合った、
特別なものだと思えた時、
今の見え方が、1秒先の捉え方が変わるのかもしれません。

 

 

姿形は見えないけど、
皆が集まるあの場所に、
照明の光の下に立つあの舞台に、
いつもいますよ。

 

これからもそれぞれの暮らしや、
表現を続ける僕達を、
見守っていてくださいね。

 

泣きながら笑っていたり、
笑いながら涙したり、
様々な感情があるけど、
表現をしたり、誰かの作ったものを素直に楽しんでいる方が、
きっと安心すると思うから。

 

こちら側を生きる僕たちは、
今は思う存分、
気持ちのままに。

 

 

まだ真っ暗な時間に訪れる小松海岸は、
夜の空から深い青へと次第に変わって、
耳に届くのは波の音と風の音だけ。

 

人生がほんの少しだけ、
洗い流されたような気持ちになるので、
モヤモヤを抱えている人、突破したい壁がある人に
おすすめの場所です。
それではまた。

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