﹙あー、いい天気だなぁ……桜も満開だ……﹚
夜勤が終わり、朝とも昼とも言えない位の時間。せっかくいい時期なので徳島城公園の桜を見ながら帰ろうと少し遠回りして帰っていた。
すると一軒のお店からお客さんが出てくるのが目に入った。
入り口のそばには穏やかな風の中「いちご大福」の文字が書かれた旗がゆらゆらと揺れていた。
﹙あー……﹚
仕事の疲れと舞台の本番が終わって気が抜けていた私は揺れる旗に誘われるようにそのお店へと寄っていった。
菓游 茜庵
きっと歴史があるであろう和菓子のお店。
歴史を感じさせる建物に必要以上に飾らないその佇まいに何時も気後れしてしまいなかなか入るきっかけが作れなかったのだが、この日はそれなりにお客さんの出入りもあったのも手伝ってするりとその暖簾をくぐったのだった。
「いらっしゃいませー」
お店の中ではなん組ものお客さんがお土産用に和菓子を注文していた。そしてお店の人も忙しそうに小さいお店の中を行き来していた。
﹙いちご大福の他には……桜餅と柏餅。あと桜の花のお饅頭があるのか……﹚
「伺いましょうかー?」
いちご大福のお供はどれにしようかと考えていたら店員さんから声をかけられる。
「えーっと……いちご大福と…桜餅を一つずつ」
他のお客さんがお土産用でたくさん買っていく中で自分用ですこしだけ買うのはなんか気が引けたが見栄を張っても仕方がない。
注文を済ませてすこし店内を見渡して見る。
﹙向こうのテーブルと椅子は……中で食べることもできるのかな?﹚
いわゆる甘味処みたいな感じて注文したりできるかもしれない。店員さんに聞こうとも思ったが忙しそうなのでやめておこう。
「いちご大福と桜餅で452円です。」
お代を渡し、御釣りを待つ間に小さな子供連れの親子が入ってきた。
「僕、いちご大福がいいー」
﹙気が合うな、少年!﹚
なんて謎の返しを心の中でしながら御釣りを受け取ってお店を出る。
﹙せっかくだし公園の中で食べるかー﹚
公園の駐輪場に自転車を停めてしばし歩く。
中ではいくつもの花見の場所取り用のシートが敷かれ、ちらほら始めているところもあった。
﹙とりあえずお茶を買って……いい感じのベンチを探すかな?﹚
桜の花びらの舞う公園の中をゆっくりと歩いてゆく。
周りからは砂利道を歩く音に混じって楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
﹙ここにするか……﹚
道からすこし外れた広場に半円状に並んだベンチのひとつ。桜の枝の真下に陣取り、先ほど買ったお菓子を取り出す。
﹙うーん、一口は流石にもったいないなー。ちょっとずつ食べよう﹚
かぷり。
一口かじるとすぐにいちごの甘い汁があふれでてくる。
垂れ落ちそうなその滴を舌で掬うと口のなかに爽やかないちごの香りが広がる。
﹙おぅこれは…やはり……流石ですなぁ……﹚
疲れと眠気で只でさえ少ない語彙がより減った状態ではこの美味しさをうまく言葉にすることが出来ない。
ごくり。
お茶が旨い。
がぷり。
もう一口。鼻に抜けるいちごの香りと共に心地よい風が花びらを舞い上げながら吹き抜けていく。
ぱくり。
残りを口の中にほうり込む。広がる味と共に暖かい陽射しが心身共に暖かくする。
﹙あれ……?もうないや……﹚
いつの間にかなくなっていたいちご大福を惜しみながら次の桜餅に手を伸ばす。
﹙小さい頃はこの葉っぱはがして食べてたなー﹚
がぶり。
桜の葉のしょっぱさと歯ごたえがいいアクセントになって見事なハーモニーを繰り広げる。
ぺろり。
……気が付けばあっという間に2つのお菓子はなくなっていた。
﹙あぁ……平和ですなぁ……今日は練習もないし﹚
ネットワーク公演が終わってしばらく経つ……。
残ったお茶を飲みながらふと公演のことを思い出していた。
﹙なんか、久しぶりにしっかり手応えが合ったと感じることができた舞台だったなぁ﹚
今回は喜劇だっただけに、自分達が上手く出来た時に笑い声で反応がすぐに分かりやすく返ってくることがどれだけ心強い事なのかを改めて感じることができた。
練習の結果が出せてそれにお客さんが笑い声で返してくれる。その声によって役者達が更に良いパフォーマンスを発揮する。
その流れを感じながら舞台に立つ事が出来たのはとても良い経験になったと思う。今までは本番終わってから客出しやアンケートまできちんと伝わったかわからず途中で不安になることもあったし、アンケートで触れて貰えなければちゃんと伝わったかわからなかった。だが、今回でしっかり練習してそれが本番で出来ればちゃんと伝わるのが分かった。
この経験があればこれから先もしっかり練習を積めば自信を持って本番に向かう事ができるだろう。役者として一つ自信が付いた舞台だったと思う。
﹙さてと……人も増えてきたなー﹚
気が付けばもうお昼前。周りでは続々と人が集まり至るところで宴が始まっている。遠くでは結婚式用の写真を撮りにきたカップルが見える。
﹙そういえば去年はこの辺で花見したっけ?﹚
なんて思い出していると一組の老夫婦に声をかけられた。
「あのーこのベンチ、半分いいですか?」
「あっ、すいません。いいですよー」
広げていた荷物をまとめて端に座り直す。不動産見ると二人も茜庵の袋を提げていた。
﹙おっ、流石わかってますなー﹚
心の中で謎の親近感を感じながら上を見上げる。
一面の桜の花の隙間から太陽が覗いている。
ぐびり。
残りのお茶を口に運ぶ。荷物をまとめてベンチを後にする。
そのままゆっくりと周りの宴を眺めながら家路に付いた。