劇団まんまる

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Blogcategory: 安藤徹

変化はおもしろい2019/07/12

何かの影響を受けて、考えや行動が変わっていくのも、
いつまでも変わらないものを見つけることも、
大切にしたい時間を形に変えて残すことも、
人と人、人と街との関係も、

 

全部変わっていくから面白い。
変わらないものがあるから面白い。
今そういう気持ちです。

 

こんにちは安藤です。

 

 

考えて、工夫して、手と足を動かせば、
どこだって舞台になるし、
いつだって映画の向こう側の世界になるから、
毎日は面白いです。

 

※写真の話です。

 

ファインダーの向こうに映る人のことを、
撮り手側が女優だと思えば女優になるし、
目の前の光景を、映画の1シーンを切り取っていると思えば、
その一日は特別なものに写ります。

 

 

好きなことをしている平日の夜や、
写真を撮る休日が楽しくてですね。
あまり楽しい楽しい言ってると嘘っぽく聞こえるので
普段は誰にも、どこにも出さないのですが、
今、創作意欲がスパークしております。

 

足元に底を感じない。
自分の今まで見てきたもの、
肌に、心に感じてきたことが折り重なって、
深度のある層を形成しています。

 

 

次はどこに行こうかな、の前に、
今の場所で穴を掘る。深くへ潜る。

 

周りとは逆の方向へ掘り進んでいたら、
いつの間にか星の裏側へ、
別の宇宙に辿り着きました。

 

 

夏は個人的に準備の季節。
外は暑いので、大人しくしています。
空気のつめたさ、風の肌寒さを感じる季節になれば、
待ってろよ。という気持ちです。

待ってろよ〜。

 

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雨が上がれば2019/07/04

冬が終わって、春の風が吹いて、
雨の季節を過ぎれば、次にやってくるのはそう、夏。
太陽の照りつける日々ですよ。
冬眠はしないけど、夏眠はしたい。

 

こんにちは安藤です。

 

 

乱歩や沢山のこと、お疲れ様でした。
意識していないと日々はただ流れていくけど、
流れていく日々の中で少し不思議な、
艶やかな、妖しい雰囲気のあるお芝居でした。
雨の季節にピッタリの質感や、湿度がありました。

 

 

 

そう、湿度が印象的だったんですよ(乱歩の話)
何と言葉にすればいいものか。あの空気感。

 

香川の人達の持つ爽やかでシャンとした雰囲気と、
徳島の人達の持つ大らかな渦のような性質が、
うまく合わさっていたような気がします。
大正館という場所も良かったのだと思います。
少し寂しげで、あたたかくて。

 

 

 

写真も沢山撮らせて貰って、
忘れられない一日となりました。
何かある度に思い出すでしょう。

 

雨が上がって、涼しい夜が終わってしまうのは
名残惜しすぎるけど、夏が来ますね。
まんまるにも新しい風が吹きそうです。

 

 

秋田町のあの場所から。
個人的にとても気に入っている、あの猥雑な場所から。
生きることと消えていくことの両方のある、あの場所から。
面白いものが生まれそうです。

 

大正館の周りと、
新稽古場の周りでポートレート撮りたい。
安藤でした。
それではまた。

 

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圧倒的な個性2019/05/20

自分のために作った場所が、誰かの楽しみになるといい。
自分が好きで作った場所が、誰かの好きになるといい。
何かをつくるのはいつもそう。
自分自身が欲しているから。

 

こんにちは安藤です。

 

自意識過剰な程に盛り盛りの作品が好きです。
その自意識は一人で膨らませた風船ではなくて、
周りに刺激を受けながら重ねた積み木のような、
研ぎ澄まされた感性を、結果として一人で組み上げたような。

 

 

そう、それは圧倒的な美。
圧倒的な個性。
質量を持ったセンス。

 

目で見た時には親しみがあって、
触れた時には奥の深さを感じるような。

 

シンプルにして複雑。
大衆的でありながら、
同時に理解不能な箇所も併せ持つ。

 

 

一人のわがままを通して作られたものは、
その個性に触れた瞬間、
その場所の空気を吸い込んで、吐き出す間に、
リアルな風を肌に感じた時に、

 

「こりゃあ、やっべえな。」

 

となるのです。
心にまず浮かぶ感想はそれだけ。

 

その瞬間、
受け取り側の理解を超えた一瞬、
その一瞬こそが、
作り手の勝った瞬間ですよね。

 

 

圧倒的なものをポンと出すことは難しいので、
僕たちは毎日刀を研ぎ続ける訳です。
時々外の風景を眺めて、
季節の風を感じながら。

 

作り手の生きた時間を、
とある国の、とある街の、
人々の生きた時間を、

 

20年、30年、40年、50年。
人の生きた時間分の厚みを、
一緒にある軽薄さみたいなものを、

 

創造性を、破壊性を、
楽しさを、面白さを、
寂しさを、儚さを、
同時に感じられる場所が好きです。

 

 

人の賑わい。
何十年も前よりは失われたけど、
今も少し残っている。
夜に人の集まる飲み屋街。

 

昼は眠ったように静かで、
いつでもそこにあるような、
いつまでもそこに無いような、
少しの寂しさを含んだ時間の流れる、
新稽古場の周りの空気感。

 

清濁併せ持ったこういう場所では、
いいものが生まれる。
そんな予感がしています。

 

強烈な個性で魅せて欲しい。
と同時に、
全体の持つ柔らかさで包んで欲しい。

 

緩さと熱量の間を行き来する。
面白い場所にしましょう。

 

 

 

 

 

安藤の拠点の話はこちらから↓↓↓

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「自分ごと」のこと2019/05/06

GW最終日にブログを書く。
こんにちは安藤です。

 

皆さま、2019年5月6日をいかがお過ごしでしょうか。
GWなんて知らないよ10連勤だよという人もいれば、
長い休みを終えて、明日から仕事再開の人もいるのではないでしょうか。

 

僕も明日から仕事が始まります。
考えたくないですねー考えたくないですよ。
もう既に5月病にかかっている気配があります。

 

連休の間にやりたかった事はやりきったのですが、
やはり朝から夜まで自由に使える日々というのは何物にも代えられない。
素敵なものだと思うのです。

 

今回経験した自由な日々を、より多く味わうために。
やりたいことにじっくりと時間をかけられる。
そんな日々を過ごすために。

 

まずは次の楽しみを見つけないと。
まんまるはマエカブさんとの合同公演がありますね。
その他にも色々と動いているようです。

 

 

 

今回のブログは「拠点」について書こうと思っていたのですが、
GWに劇団LINEを通じて「自分ごと」というキーワードが浮かんできたので、
今回は「自分ごと」について書きます。

 

自分ごと、自分のこと。
私のことだと思って物事に関わること。
自分が居るから物事が進む。
自分が居ないと物事が進まない。

 

そう信じて、或いは実際にそうだから、
自分から動くこと。
考えて手を動かすこと。
筋道を立てて、行動していくこと。

 

では、演劇に於ける「自分ごと」とは何でしょう。
表現活動を「自分ごと」にする為には、
まず自分のことだと思い込む為には、
一体何が必要なのでしょう。
何をどうすればいいのでしょう。

 

 

僕の考える「自分ごと」とは、
他の誰でもない、自分自身が一日の中の時間を割いて、
寝ている間以外、もしかしたら寝ている間も、
頭の中で考えていること。手を動かしていること。
心が考えたいと思い、動きたいと感じてることです。

 

一日中演劇のことを考えていれば、
その人の自分ごとは演劇のことだし、
一日の中の10分、演劇について集中する時間があれば、
その人の自分ごとも演劇のことかもしれません。

 

演劇って、表現活動って、
目に見えて残らないし、今芝居や表現に携わっているこの瞬間も、
本当に「自分ごと」としてもの作りに関わっているかどうか、
確信が持てない。

 

一瞬一瞬で消えていく空気のようなものを作っているから。
今、出来た!と実感したものも、1秒後には次の課題へと変わっていくから。
一度終わった舞台と全く同じものは二度と作れないから。
本番が終われば、役割も変わっていくから。

 

 

目に見えないのに自分ごととは何ぞや。
と、19〜20歳の頃の自分なら思ったでしょう。
何のこっちゃ。そんなこと言われてもなあ。
そう感じていた筈です。

 

でも今は「自分ごと」にする大切さが少しだけ分かる。

 

「自分ごと」って「好きなこと」なんです。
どんなつらい時やしんどい時があっても、
最後にはやっぱり好きだから続けてしまう。
そういうものの事なのです。

 

出来なかったことが出来るようになったから。
分からなかった物語の面白さが分かり始めたから。
憧れのあの人に近づきたいから。
終演後のお客さんの表情が忘れられないから。
好きな人の笑顔を見たいから。

 

「好きなこと」は「続けたいこと」でもあります。
走り抜けて、少し休んで、また走りたくなって、準備運動を始めて。
どうして続けたいのって聞かれるとそれは、
好きなことを続けている時の自分が好きだから。
続けることが自信に繋がるから。
人から素敵だと褒めて貰えるから。

 

続けることで届けたい誰かがいるから。

 

 

好きなことを見つけましょうとか、
無理矢理好きなことを引っ張って、広げてみようとか、
そういう種類の話ではなくて、

 

自分はなぜこの服を選んで着ているのだろう。
この色を、この生地を好きになったきっかけがあるのではないか。
落ち着くから着ている。ではなぜ落ち着くのだろう。
と、自分の「好きなこと」をどんどん掘り下げていく。

 

「好き」を掘り下げて考えることが
本当に自分の好きなことを見つけて「自分ごと」にしていく道だと思うのです。
しんどい作業を、時には倒れそうになるまで踏ん張れるのは、
今つらくても、どんなに面倒でもそれを成し遂げた後の未来が素敵に思えるから。
それはもう、どんなものよりも輝いて見えるから。

 

100%の力を注いだ後の未来と、
30%の力を注いだ後の未来では、
明らかに違いがあって、過去に戻ってやり直すことが出来ないから。
後悔したくないから、今100%の力を注ぐ。

 

好きなことを続けるのは、それがいつか誰かに届いた時、
自分の自信にも繋がります。

 

自信を持って好きだと言える。
好きだから自信を持てる。

 

私と誰かの「自分ごと」の間に隔たりを感じるのであれば、
それは「好きなこと」について一日の中で費やしている時間の差と、
今目の前に置かれてある「自分ごと」を手に取って、
成し遂げた後の未来がはっきりと見えているのか、
雰囲気としてぼんやりと見えているのかの差なのです。

 

 

僕の「自分ごと」は「写真」です。
写真表現と、その周りにあるもの全てが「自分ごと」です。
好きな物語を明日も続けたいから、
届けたい相手がいるから、
今日も考えて、手を動かします。

 

しんどい事は多いけど、
疲れることも一段と増えたけど、
何とかなるだろうという根拠のない自信と、
これまでも何とかしてきたという
根拠のある自信が混ざり合っているから、
大丈夫。

 

まんまるの活動とリンクするように、
僕の方の拠点作りも少しずつ進んでいます。

 

また別のお話にて。
それでは。

 

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具体と抽象2019/04/22

今、この舞台に立っている人達は、
きっとこの舞台の幕が閉じて、少し休んだ後、
日常が戻って来ても、
或いは戻ってこなくても、
まだまだ長い間自分の好きなことや、
表現したいことを見つけて作ったり、
活動を続けていくんだろうなあ。

 

こんにちは安藤です。

 

いつか大きなビルを建てるまで。
次に演りたい芝居のため。
表現したいもののため。
色々あったけど、いま幸せだなって思えるまで。

 

 

大らかに皆がまとまっていて、
それぞれの役者さん、スタッフさんの熱量も感じられて、
最後はゆったりとした、でも芯の折れない母性のようなものに包まれながら、
緩やかに締まっていくあの感じ。

 

そう、何やかんやわちゃわちゃあった後の最後の締め方が好きでした。
終盤、夫婦二人での会話のシーンからは、丸山と清水さん家の食卓のような、
演劇人の二人だからこその空気感を感じたり。

 

遊び疲れ、動き疲れているけど話したい。
体は止まっているけど心は動いて、
空気は微動を続けるあの感じ。

 

一日中、または夜通し息を切らして、遊んだり動いたりした後、
山の向こうにふうっと顔を沈める、
海の向こうにぽっかりと顔を出す太陽のように、
青の薄くなった空の真上に、ひっそりと輝く月のように。

 

(鯖の頭の感想です。)

 

 

個人としての人にも、
集団としての全体にも段階やステージがあって、
今日まで色々ガツっとやってきたから、今の自分や集団があって、
やがて次のステージがやってきます。

 

人の心のフックに引っ掛かるって何でしょう。
それ以前に、自分の好きなことや、好きな時間って何でしょう。
作り出すには寝かせておく時間も必要だし、
動き出した後には一気に手を進めることも多いです。

 

表現。
頭を、心を動かすこと。
肌で感じたこと。
呼吸。

 

 

自分はそれを心から好きなのか、嫌いなのか、
今、それは本当に面白いのか。
カッコいいのか、カッコ悪いのか。
綺麗なのか汚いのか。
カッコ悪くて汚いけど、あえてそれがいいのか。
丁寧にまとめておくのか、雑に置いておくのか。

 

いつも考えます。
自分の好きなこと、やりたいこと、表現について。
ひとつのことを進めながら、そのひとつを終える前に、
次にやりたいものが見えてきます。

 

 

「旅」と「時間」をテーマに写真を撮ってきました。
ここ数年はずっと同じ、変わらないものでした。
今年に入って、そこにもう一つ、
「跡」というテーマが加わりました。

 

その辺を頭の片隅に置いて、
安藤の撮った写真を見返して頂けると、
また変わった見方が生まれるかもしれません。

 

そして、次の新しいイメージに向かって、
もう既に歩き始めています。
行きたい場所、会いたい人、撮りたい人と風景。
尽きることはありません。

 

写して残したい。
まんまるも次に進みますよね。

 

それでは、また。

 

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流体2019/03/25

3月も終わりに近づいています。
こんにちは安藤です。

 

春は旅立ちの季節。
僕の周りでも何人か遠くの街へ行ってしまいます。
やりたいことをやるために。
夢を叶えるために。

 

 

勿論、今までと同じ場所に留まる人もいます。
そちらの人達が殆どです。
今の場所でやりたいことをやるために。
続けていくために。

 

年度末、そしてもうすぐ年号も変わるので、
仕事を沢山こなしています。
写真も沢山撮っています。

 

夢を叶えるために、
遠くの街へ旅立つ人の写真を撮りました。
出会って間もなくて、
楽しいものを作れそうな予感に溢れていたから、
離れてしまうのは寂しいけど、
旅立つ人の気持ちは軽やかであって欲しいから、
さよならではなくまた今度。

 

 

「そこに人の居た温度」を感じ取って、
しんみりすることが年々増えてきました。

 

最初は喪失感もあったけど、
月日が経つごとに次第に慣れてきて、
東の空から登った太陽が、
夕暮れ時には西の空へ沈んでいくのと同じように、
人との出会いもまた、
どこからかやってきて、ひと時の間関わり合っては、
またどこかへ去っていく。
そういうものなのかもしれません。

 

年を追うごとに別れが増えていくのかと言うと
実はそんなことも無くて、
同じだけ、いえ別れよりも多く、
新しい人との出会いや繋がりも増えています。

 

 

今日も好みの合う仲間と、
好きな事をして過ごします。

 

たったひとつの好きな事をし続けて、
輝いている人を包んでいるのは、
100の「そうでもないこと」かもしれません。

 

100の「そうでもないこと」の中にも、
面白いなと思えることや、
じっくり考えて、手を動かしてみると案外楽しいことが詰まっていて、
そういうもので日常は出来ています。

 

どこへ行っても、日常は続きます。
好きな事も、楽しい事も、そうでもないことも。

 

 

愛媛の生まれた街を離れて徳島へ来て、
県外などの他の場所へ行って写真を撮ったり、
数年に一度海外へ行ったり。

 

これまでの旅を続けて思うのは、
生まれ育った場所で過ごした時間は、
いつまでも自分の中で息づいているという事。

 

故郷を遠く離れても、振り払えない
(振り払おうと思ったことはありませんが)
心の中にこそ故郷があり続けるという事。

 

何が好きなのか、嫌いなのか、
遠くへ旅立つ前に、本当は全部知っていました。
自分は何者なのか、旅の途中で再確認しながら、
言葉を変えて、形を変えて、自分自身も変わりながら、
進んでいくのでした。

 

 

見える景色が変わるなら、
肌に触れる空気が変わるなら、
大切なものは心に収めたまま、
新しい気づきに触れられたら。

 

もうすぐ本番ですね。
文化の森のホールの中から、
遠くの場所へ。
あの人の心の中へ。

 

鯖の頭

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長く短い祭2019/02/16

食べ物が美味しく、風は強いけど過ごしやすい気候で、
街の中心から少し車を走らせれば山や川などの自然があって、
一日の始まりの空気は新鮮で、

 

他に必要なもの、時々欲しくなるものといえば、
面白い人との繋がりと、
自分自身の楽しいこと、やり甲斐のあるものを見つけること。
娯楽は自分から足を運べばどこかにあるから。

 

こんにちは安藤です。

 

 

自分一人で、
一人一人が集まって、
部屋の中で、
皆のいる場所で、

 

さあ何をやろう?となった時、
実際に手を動かし始めた後、
どこまで深く掘れるのか。

 

見ている人は、
椅子に座って画面の前から、

 

お客さんは、
劇場の観客席から一歩も動かずに、
どこまで旅が出来るのか。
遠くへ、知らなかった世界の裏側へ、
初めて目にする風景の中へ。

 

 

必要なものはもうこの街に、
この土地にひと通り揃っています。

 

毎日100%満たされている訳じゃないけど、
六分目、楽しい日は八分目くらいまで満たされるから、

 

さあ、じゃあ、次は?

 

という事です。
そういう段階なのではと思います。

 

"人生なんて 飽く気ないね まして若さはあつちう間"
"永遠なんて 素気ないね ほんの仮初めが好いね"
"この侭ぢゃまだ終れない"
"花盛り 色盛り 真盛り まだ"
東京事変 - 長く短い祭

 

 

熱量。
進んでいる方向。

 

一番居心地のいい自宅から、
人ひとりを引っ張り出せるもの。

 

僕も私も同じだと思えること。
それなら僕は...と考え始めること。

 

共感と想いが生まれる場所。

 

思考が頭から全身に巡って、
手と足を動かさずにはいられない場所。

 

届かせてくれよ。
届かせることが出来るんだから。

 

僕もやるぞ。
出し惜しみは無しだぜ。

 

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劇団のメンバー写真を更新しました2019/01/25

劇団のメンバー写真を更新しました。
2019年版です!こんにちは安藤です。

 

この前の新年会に参加した人の分は新しいものに差し替え、
その他メンバーの写真もいい感じのものに変更しました。

 

入団して殆ど会ってないので、僕の手元に写真が1枚も無い来島君、
その内使えそうな写真を撮りましょう。

 

小川夫妻の写真はろくがいい感じの持ってないかなあ。

 

 

新年会では割とラフな要求に劇団員の皆がスッと応えてくれたので、
もうほんとにポンポンとスムーズに撮影が進みました。
ありがとうございました。感謝です。

 

撮った写真を編集する際は、
「これが2019年のまんまるだ!」
という気持ちを込めて力いっぱいにスライダーを操作しました。

 

いつもの感じでラフに撮って、
編集はキチンとやる。
これで結構いい感じに仕上がります。
「写真に心を入れる作業」と呼んでいます。

 

劇団員一人一人の性格や良い所を見つめつつ、
女性はより綺麗に、より可愛いく、
男性も可愛いく仕上げるのが安藤エフェクトです。

 

色や構図は幾らでもコピーできるけど、
写真と人に込めた気持ちは
真似しようと思っても真似できません。

 

今この瞬間、この場所にいる人達の、
特別な香りを残したい。

 

そしてこのメンバー写真を見て、
僕も私も仲間に入りたいと思ってもらえるような、
楽しい雰囲気を出せていたら幸いです。

 

 

3/30(土), 31(日)は文化の森にて徳島演劇ネットワーク公演が行われます。

2019年もまんまるをよろしくお願いします。

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日常に大きな穴を開ける2018/12/27

物作りや表現活動において、
個人的に今考えていることや、次に作りたいものの流れと、
代表丸山やまんまる全体が目指す物作りの流れが、
以前からどこかリンクしている所があります。
こんにちは安藤です。

 

先へ進む道がふたつに分かれていて、
どちらへ行こうか迷った時、
また様々な事情でどちらか一方を選ばなければならない時、
僕は心がわくわくする方を選ぶようにしています。

 

その理由は、
心が弾まないと物事が続けられないからです。
情熱を保つのが難しくなるからです。
朝の光が自然に入ってくる部屋と、
一日中光がひとつも入らない部屋とでは、
常に前者を選びたい。

 

 

勿論、どちらか一方を選ぶという事は、
どちらか一方を選ばないという事です。
心が踊る方を選んだ時には、
潔く諦めたり、忘れたり、
過去として置いていく所も必ず出てきます。

 

より良く進んで行く為に、
という言葉もありますが、
何を以って良しとするのか。
未来はどちらなのか。

 

何かを変えたい。
今の自分、これまでの自分、
なりたい自分、憧れの存在、
もっとこうしたい、前に進みたい、
夢見た未来に近づく為に、
今変わりたい。

 

 

人生の変化を仕事に置き換えると、
もっと売り上げを伸ばしたい、
誰もが驚くような、
人の注目を惹くような、
お客さんが途切れないような、
リピーター続出するような、
アッと驚くものを作りたい。提供したい。
安定した収入を得たい。富と名声が欲しい。

 

今の状態を変えたい、
現状を変える為には、
という相談を本業にてよく頂きます。
最近は趣味の写真の方でも同じ話を聞くようになりました。

 

何かを変えたい。
目標に近づく為に変わりたい。

 

変わる為には、
波を起こすための海が必要です。
味に変化をつけるための下地が必要です。
前に進むための線を引き続けることが必要です。

 

 

25mを泳ぐ為には、
水に体を慣らして、
水に体を浮かせられるようになって、
泳ぐための体の動かし方を知って、
溺れないための息継ぎを教わって、
まずは5m泳げるようになって、
25mの半分が苦しくなくなって、
プールの端からスタートして、
向こう側の端までタッチ出来るようになって、
次は50mに挑戦してみようとか、
もっと速く泳ぐにはという話になってきます。

 

これまで進んできた道があって、
これまで引いてきた線があって、
25mは泳げるようになったかなあとか、
タイムをあと少し縮めたいなあとか、
今のそれぞれの想いがあって、

 

ひとつのことを続けていると、
時々困難にぶち当たって、
進んだ先の道を塞がれることがあるけど、

 

これまで続けてきたことがあるから、
地道に引いてきた線があるから、
海に大きな衝撃を与えられるのが人の力です。
地面に穴を開けて地球の裏側へだって行けます。
鉛筆で真っ直ぐな線を引いてきたから、
線を描く紙を別の紙に入れ替えることが出来ます。

 

 

ガンダムWエンドレスワルツの終盤、
ボロボロに傷つきながらも固く閉ざされた地下シェルターに向けて、
バスターライフルを撃ち続けたヒイロのように。

 

幽白の飛影vs時雨戦。
勝負を分かつ一瞬、
片腕を捨てて相手の攻撃をかわし、
折れた刀で致命傷を負わせた一撃のように。

 

一点集中して次がある。

 

俺たちには俺たちの技がある。

 

以上、今思っている事でした。

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夜明けの光2018/12/10

夜が明けて、東の空に光が差し始めます。
県の東側に海のある徳島では、外のまだ暗い内から小松海岸に行くと、
そう遠くない(と感じる)海岸線に太陽が昇り始めます。
こんにちは安藤です。

 

海の向こうの光。カーテンに差す朝の光。
窓の水滴。冬のつめたい空気。
風が少しあるとなぜか安心します。

 

私たちが地に足をつけて生活をしているこちら側の世界と、
山の向こう、森の奥、川の源流、
もしかしたら街の中にもある、
あちら側の世界。

 

こちら側とあちら側の境界が曖昧な土地に、
僕たちは暮らしています。
仕事や学校に行ったり、家で過ごす毎日の中で
あちら側を感じることは少ないかもしれないけど、
写真を撮りに出かけた先で、自然の中を歩いていると、
時々ですがあちら側の世界を感じることがあります。

 

 

まだこちら側に暮らしている者には
踏み入れることの出来ない境界。
「ここから先に入るのは止めておこう」
と肌に感じて、素直に引き返そうと思える地点。
あちら側の視線を感じる場所が、
徳島の中にも、四国の中にも所々にあります。

 

それらは全て名前の付いていない、
けれど周りの空気も光も風の湿度も、
様々なものが何か変わったな、と感じる地点。
誰もいないのに、どこからか視線を感じる
そんな場所です。

 

迷信でもオカルトでもなく、
居なくなってしまった人は皆、
姿形を無くしてしまっても、
どこかから見ているのだと思います。
たとえ気のせいだとしても、
僕はそう信じるようにしています。

 

 

こちら側にいる僕達が、
日常の中で見ている風景、出会った人、
カメラのファインダー越しに覗いて、
写真に残している光は、
きっとあちら側の誰かが見たかった光。
会いたかった人々なのです。

 

そういった風景や人や機会に、
僕達は気づかない間に、
出会わせて貰っています。

 

毎日目にしていた当たり前の光景が、
本当は当たり前のものでは無く、
全てが積み重なった上で繋がり合った、
特別なものだと思えた時、
今の見え方が、1秒先の捉え方が変わるのかもしれません。

 

 

姿形は見えないけど、
皆が集まるあの場所に、
照明の光の下に立つあの舞台に、
いつもいますよ。

 

これからもそれぞれの暮らしや、
表現を続ける僕達を、
見守っていてくださいね。

 

泣きながら笑っていたり、
笑いながら涙したり、
様々な感情があるけど、
表現をしたり、誰かの作ったものを素直に楽しんでいる方が、
きっと安心すると思うから。

 

こちら側を生きる僕たちは、
今は思う存分、
気持ちのままに。

 

 

まだ真っ暗な時間に訪れる小松海岸は、
夜の空から深い青へと次第に変わって、
耳に届くのは波の音と風の音だけ。

 

人生がほんの少しだけ、
洗い流されたような気持ちになるので、
モヤモヤを抱えている人、突破したい壁がある人に
おすすめの場所です。
それではまた。

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